山からはじまる木の暮らし

「奈良の木」が住まいになるまで

心地よい木の住まい。ひとことに「木の家」と言えど、どのように育った木がどんな加工を経て家づくりの材となるのかは、あまり知られていないのではないでしょうか。山から伐り出された「奈良の木」がどのように扱われていくのか。山、市場、製材所、流通、工務店と木に関わる業種を訪ねてお聞きした「奈良の木」への想いをお伝えします。

※当ページは、2015年12月25日発売の雑誌【「奈良の木」BOOK】掲載のデータです。

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山

北村林業株式会社

「奈良県が誇る林業長い歴史を支えたもの」

日本で最も植林の歴史が古い地域のひとつ、奈良県。特に吉野林業は吉野杉・吉野桧といったブランド材を育ててきたことで名が高く、日本の林業の模範ともされてきました。今回は、古くから吉野林業に携わってきた『北村林業株式会社』を訪ね、山のお話をお聞きしました。吉野の林業家である北村林業の山林は数百年の長い歴史を経て、今も吉野の広大な地に人工林を保有しています。
奈良や京都の都が栄えた時代から利用されてきた吉野の木。当初は天然木を伐っていたものの、築城などの木材需要により植林も盛んに行われるようになりました。「吉野林業は400〜450年の長い歴史があるんですよ。」と、同社山林部長の森田剛さん。
吉野で林業が盛んに行われてきた背景のひとつに自然環境があります。吉野の川上や黒滝、東吉野辺りの山は保水と透湿性に優れているほか、植物の育成に必要な栄養が多く含まれる森林土壌です。年間雨量が多く温暖な気候条件も大きな恵みとなっています。

また、吉野林業には「山守制度」という独自の制度があります。これは山を所有する者(山主)と山を管理する者(山守)を分ける制度。一般的な林業では日々手をかけても木が育つまでお金が入りませんが、この制度では山主に代わり山守が現場で木を育てる役割を果たします。山主から毎年世話代をもらうことができる上、木の購入権も優先的に認められるとあって山守は一生懸命に山を育てるのだといいます。山主と山守の厚い信頼関係により、丁寧に作り上げられた山は吉野杉や吉野桧の付加価値とされてきたのです。

「限りなく手をかけた美しい吉野の木」

奈良県の山林の育て方は地域によっても異なりますが、吉野林業(主に川上村、東吉野村、黒滝村)では、密植という方法で良質な木を育ててきました。一般的な林業では1町歩(約1万㎡)あたり約3000本植えるのが植林の目安ですが、吉野林業ではなんと1町歩に8000本から10000本もの木が植えられます。密集して木を植えることで木の成長を遅らせ、目の詰まった木を育てるのです。年輪幅が狭く強度のある木になる上、木目も非常に美しくなるため木の質としては申し分ありませんが、太い木に育つには年月が長くかかるということになります。
良質な木を育てるには年月だけでなく、想像を絶するような手間暇も必要不可欠になります。地開けして苗を植え付けたら、下刈り(草刈り)をする。小まめな枝打ちも欠かせません。広大な山林の一本一本の木に丁寧な仕事をするのは、気の遠くなるような作業。「枝を落とす作業ひとつにしても、経験がものを言う。経験が浅いうちは枝を落としすぎてしまうことが多く、木が枯れてしまうんです。木の高さや太さなど木の状態を見抜いて、木が枯れないギリギリの線でバランスを見て枝を落とす。枯れる寸前の状態から土の養分を十分に吸収させて、木の生育を保つんですよ。」と、山での経験が長い森田さんは教えてくれました。手をかけて綺麗に枝打ちされ、節のない材は「四方無地」と言われ、美しくて製品価値が非常に高い材になるそうです。たくさんの木の中でどの木が優秀に育っていくかは時が経たないとわからない為、すべての木を同じように手をかけて枝打ちし、年を追うごとに間伐していくのだといいます。効率としては良くありませんが、全ては良い木を育てるためのこと。吉野の林業は手間暇のかかった超集約的な林業なのです。

「長い歴史を継ぐために山を循環させていくこと」

日本の林業は現在厳しい側面を迎えています。吉野の山でも、木の需要が減ったり木の値段が下がることで採算が取れず、今ではかつてのようなペースで植林ができていない状態だといいます。昔のように間伐材が売れ、主伐までに採算がとれるサイクルにならないと、木を伐ったあとの植林もままならず、手もかけられません。また集材に関しても、かつてから吉野で行われてきていたヘリコプターでの集材には費用がかかり、木が売れる値段より山から木を持ち出す費用のほうが高くついてしまうというような現実も。さらに昭和五十年代頃からは植えた苗木が育たないうちに鹿や兎に食べられてしまうという獣害も頻繁に起こっているそうです。
日本の木材の需要に大きく影響を与えているものの一つに、昭和三十年代頃から本格的に入ってきた輸入木材があります。海外で自然に生えている木を安い労働力で伐っているため値段では勝負になりません。日本での輸入木材シェアは約7割ありますが、いま海外では天然林の資源が枯渇しつつあるといいます。一方、日本の林業は数百年にわたり植え直してきた林業。この循環型の林業は、二酸化炭素の問題だけでなく、治山治水の面から見ても有効だといえます。何より、一番の強みは材質の面で圧倒的に良い木材だということ。「奈良の木」の良さ、吉野材の良さを多くの人に知ってもらい、うまく流通させることで良い循環を取り戻さねばなりません。
見た目の美しさはもとより、強度や耐久性といった材質の面でも常に間違いのない木を作り続けることが自分の仕事、木に携わる者としても吉野の木が一番だと思っていると森田さんは話します。今伐っている木は、先人が植え、苦労して丁寧に育ててきた木。そのおかげで今、1本の木が姿をかえて私たちの住まいを作ってくれています。山に感謝し、木に感謝する。これからも奈良の山が長い歴史を継いでいけるようにと願っています。

File.2 「市場」

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